Sep 18, 2010

塾講師として就職するために必要な

塾講師になるために普通の就職活動のように仕事を雑誌やインターネットの情報で応募することから開始します。塾講師は職業上の国家資格が必要なような感じがありますが、資格などは一切必要ありませんのでご安心ください。しかし、塾などに採用されるためには、筆記試験、実技などがあるので、しっかりと総合的な勉強をする必要があります。
我が家にも小学校2年生になる息子がいます。これで、周りの友達が塾に入り始めているので、我が家もちょっとイライラしています。小学生のうちは塾もいいかもしれないが、もう少し高学年になると、家庭教師が個人の問題を重視するように教えてくれるので、良いように感じます。しかし、家庭教師は教授法の上手な人もいるし適当に時間を過ごす人もいるように感じ、不安だと思います。
 アマチュア混声合唱グループ「奈良フロイデ合唱団」は9日、先月31日の定期演奏会で集まった東日本大震災の義援金約7万8000円を毎日新聞奈良支局へ寄託した。毎日新聞大阪社会事業団を通じて被災地に送られる。定期演奏会は奈良市の県文化会館であり、約1300人が来場。復興への祈りを込めた合唱が響き、会場の募金箱に多くの善意が寄せられた。

8月10日朝刊

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 子供たちに古代の米作りを体験してもらう連続講座「稲を育てよう−田植えから収穫まで−」の第3回講座が橿原市内であった。参加した子供たち約60人が稲刈りに使う石包丁の作り方などを学んだ。
 講座は、県立橿原考古学研究所付属博物館が企画。6月に田植えをし、今回は稲の成長具合やその周りに生息する生き物などを観察した。その後、稲刈りを体験する10月の次回講座で使う石包丁を作成。子供たちは素材となる滑石を砥石(といし)などで磨き、半円形にした。参加した天理市前栽町の小学6年、竹田翔梧君(11)は「丸く削るのに苦労したけど、楽しかった。次回は脱穀して炊飯するので、今から楽しみにしています」と話していた。【阿部亮介】

8月10日朝刊

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 ◇平和な社会へ訴え
 満州事変や日中戦争、太平洋戦争の記憶を刻んだ遺品や惨状を記録した写真などを集めた「平和のための戦争展」が、大和高田市役所1階ロビーで開かれている=写真。千人針、子どもたちが使っていたメンコやカルタ、戦時中の教科書、防毒面など約400点を展示。戦争のない平和な社会の実現を訴えている。17日まで。
 市職員組合や市教職員組合主催で、28回目。今回は敗戦1日前の45年8月14日召集の赤紙(臨時召集令状)や37年8月26日召集の青紙(充員召集令状)、同10月7日召集の白紙(模擬召集令状)の3枚や、海と空の沖縄戦の様子を写真パネルなどで初めて展示。また、原爆が投下された広島、長崎の惨状を伝えるコーナーの他、東日本大震災も特集し、福島第1原発事故の状況を、写真などを使って紹介している。【山本和良】

8月10日朝刊

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 ◇子どもたちに空襲体験「伝えることが私の使命」 今も頸椎に弾丸の破片
 第二次世界大戦で空襲被害が小さかったと言われる奈良県。それでも戦争末期には、交通の要衝や軍事施設がしばしば米軍の標的となった。旧国鉄王寺駅を狙った空襲で重傷を負った鈴木知英子さん(79)=香芝市今泉=は、子どもたちに体験談を語り続けてきた。「伝えることが私の使命」と戦後66回目の夏に決意を新たにしている。【大久保昂】
 終戦間際の1945年7月24日。県立高田高等女学校(現・県立高田高)3年だった鈴木さんがこの日早朝、勤労奉仕の一環で、現在の天理市にあった飛行場建設を手伝うために列車に乗り込んで発車を待っていた時、空襲警報が鳴った。
 「駅から離れろ!」。乗客たちは駅員の声に反応し、一斉に周囲の建物を目指して駆けだした。駅近くの自宅へ隠れようとした鈴木さんは避難途中、グラマン戦闘機の銃撃を腰にまともに受け、首や背中も血まみれになった。近くの救護所は負傷者であふれ返っていた。土間に寝かされた鈴木さんが隣に目をやると、胸に大きな穴の開いた女性が絶命していた。親指大の弾丸が摘出された鈴木さんは医師に「記念にちょうだい」と頼んだが、「これはまた弾になんねん!」と怒られた。
 資産家だった鈴木さんの家族の暮らしは戦争で一変した。終戦の約2年後に復員した父は、シベリア抑留中に部下を亡くしたショックなどから酒におぼれた。心機一転を図ろうと和歌山県の海沿いに引っ越したが、今度は1960年のチリ地震で津波に襲われた。「すべて戦争のせいに思えた」と振り返る。
 空襲から40年近くたったころ、レントゲン撮影で頸椎(けいつい)の間に弾丸の破片が見つかった。最も大きなものは手術で摘出したが、今も細かい金属片は体内に残るため、MRI(磁気共鳴画像化装置)の検査などは受けられないという。「私の戦争は一生終わることがないんです」と話す。
 約30年前、知人の依頼がきっかけで保育園児に戦争体験を語った。「これから虫を殺すのやめるわ」と無邪気に話す子どもを見て、「命の大切さを伝えるために体験を伝えなければいけない」と決意。これまでに小学校などで取り組んだ語り部活動は300回以上を数える。「悪いことは悪いとはっきり言える人間になってほしい。皆が声を上げていれば、あの戦争の行く末も変わっていたと思うから」。現代の子どもたちへのメッセージだ。

8月10日朝刊

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