Nov 29, 2010

注文住宅は、建築会社の選択が重要

2年前に不動産の購入から注文住宅を建築しました。建設会社はどこもいいこと、お気軽に土地を購入した不動産の紹介してもらう新日本工業という会社ツーバイフォー3階を建築しました。建築まで、足繁く通って協議を行った担当者は、竣工後に電話一本もよこされず、アフターサービスの混乱のほとんど応じてくれない状態です。そんな時、木村拓哉のタマ号無のCMを見ると、注文住宅建設会社の選択に失敗したのか、少し公開しています。
私が中学生の頃、実家の団地では、外壁塗装になっていました。中学生ながら思ったのは、そんなに高いところでも綺麗になって凄いなと思ったものです。外壁塗装、簡単に言っても、実際にする側からすると非常に大変だと思います。私は絶対にできないことだと思いました。それは今も変わらず、非常に大変な職場だと思います。
 京都に息づく時代劇製作の技を守ろうと、昨年解散した「映像京都」の元スタッフが、京都市右京区太秦の地で、新たな製作会社を立ち上げた。時代劇は、製作費がかかるなどの理由で京都でも撮影機会が徐々に減っている。スタッフは「京都ならではの製作技術を伝え、映画界を盛り上げたい」と張り切っている。
 新会社は「京都組」と名付け、スタッフ6人で運営する。映像の美しさに定評のあった大映京都の流れをくむ映像京都が昨年8月に代表の西岡善信さん(88)の高齢などを理由に解散。コンピューターグラフィックス(CG)全盛の映画界で、大映と映像京都の自慢だった手作りの世界観を守り、技術伝承していこうと、業界では若手となる40代の技術者を中心に5月20日に設立した。
 映像京都時代の人脈を生かしてテレビ局や映画製作会社に企画を持ち込み、製作機会をつくる計画で、既に衛星放送会社から20分のインタビュー番組の製作を受注した。時代劇の企画も提出しており、採用されれば映像京都の元スタッフに声をかける、という。
 京都組の相談役に就任した西岡さんは「ノウハウを教えてきた若い人がやる気になってホッとしている。僕らも端に加わり、力を出したい」とエールを送る。
 山下智彦社長(47)は「京都の文化である時代劇を作りたいし、作らなくてはいけないと思う。手作りの良さを伝え、将来的には人材育成にも取り組みたい」と話している。

 京都府教委は23日までに、東日本大震災で実習ができなくなっている福島県の職業学科の高校生を、夏休み中に府内の高校に招く方針を決めた。農業、工業、水産の3学科の実習時間を府立高施設で確保し、生徒の単位認定を支援する。実習目的の受け入れは全国初という。
 受け入れ先は農業学科が農芸高(南丹市)、工業学科は府立工業高(福知山市)、水産学科は海洋高(宮津市)。夏休み中の1週間程度、計約60人の受け入れを想定する。滞在費や交通費も府が負担する。事業費500万円で、23日開会の6月定例府議会に提案する一般会計補正予算案に盛り込んだ。
 福島県唯一の水産学科を持ついわき海星高(いわき市)は、実習棟が津波によって浸水して使えない状態のため、海洋高で漁業実習や深さ10メートルのプールでのダイビング実習を行う。小高工業高(南相馬市)は、福島第一原発事故の避難指示によって県内の普通科高校で授業を受けている生徒が、工業高で高圧送電線の変圧器の扱いを学ぶ。実習は現地の教員が行い、単位認定する。
 実習目的の受け入れは、府教委が4月から同県に派遣する教員チームが得た支援ニーズを反映させたという。実習授業とは別に、受け入れ先の生徒との交流の場を設けることも企画している。
 府教委は併せて、夏休みに県内の小学5〜6年生と中学生約60人を3〜4泊で、京都大による科学体験や京の伝統文化体験に招く事業に320万円を計上。この事業でも、須知高(京丹波町)食品科学科が中学生とアイスクリームを作る企画を予定する。

 <「いま」を伝える 暮らし/経済>
 ◇3年目、試行錯誤重ね
 日本酒と言えば従来、蔵元に依頼された杜氏(とうじ)を中心とした職人数人が製造していた。だが、高齢化や後継者不足の影響で杜氏の確保が難しくなり、丹波杜氏や但馬杜氏など全国有数の杜氏を抱える兵庫でも深刻化している。大手酒造メーカーが社員杜氏を養成するなど対策を模索する中、社長自らが酒造りの全工程を指揮し、今年の全国新酒鑑評会で金賞に輝いた蔵元の奮闘を追った。【山川淳平】
 1601(慶長6)年から酒造りを始め、赤穂藩主浅野家の御用酒屋だった赤穂市坂越の蔵元18代目当主・奥藤利文さん(53)。
 大学卒業後に就職した土木関係の会社を退職した89年に家業を継ぎ、主に小売店への配達や瓶詰めなど酒造り以外を担当していた奥藤さんは08年に転機を迎えた。20年にわたって酒造りを依頼していた但馬杜氏の坂本庸二さん(80)=新温泉町=から体調不良を理由に引退を告げられ、新たな杜氏探しが急務となったのだ。「いつか杜氏がいなくなる時代が来る」と考え、3年計画で坂本さんから酒造りを学んでいたとはいえ、計画途中の3年目だったこともあり、戸惑ったという。
 新しい杜氏を雇うことも考えたが、「杜氏不足の現状を考えると、自分で造れるようにならないと駄目だ」と決意。九州の蔵元で5年間修行し、雇用先を捜していた蔵人・岩渕徹さん(39)と杜氏抜きの酒造りを始めた。
 1年目は電話で坂本さんの助言を受けながら何とか形にしたが、納得がいかず、鑑評会には出品しなかった。「(坂本さんの姿を)長年見ていたので大丈夫だと思っていたが、そんな甘いものではなかった。自分で手を下していなかったので感覚的な部分や作業のリズムが全くつかめなかった」と振り返る。
 坂本さんに毎日30分以上電話で相談し、岩渕さんと夜遅くまで議論しながら1年目の失敗を改善した結果、2年目で入選。3年目の今回は夏に続いた猛暑の影響で米が硬く割れやすかったため、発酵の工程管理で難航したが、同業者の助けもあり完成した大吟醸「忠臣蔵」は見事金賞を受賞した。
 奥藤さんは「欠点はないけれど、金賞を取れるほどではないと思っていた。審査日までに熟成されてたまたま受賞できた」と謙遜(けんそん)しつつも「まぐれと言われないためにも連続受賞できるよう精進していきたい」と新たな目標へ決意を新たにしている。
 忠臣蔵についての問い合わせは奥藤商事(0791・48・8005)へ。
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 ◆メモ
 ◇平均年齢70歳代
 杜氏は農閑期の副収入を得ようとした農家が酒どころへ出稼ぎに行ったのが始まりと言われている。日本酒造組合中央会(東京都港区)によると、農家の高齢化、後継者不足が進むにつれ、杜氏の高齢化、後継者不足も深刻化。日本酒の需要減少のあおりを受けて酒造メーカーが減少したことも事態を悪化させたという。昭和30年代に約3000人以上いた日本酒造杜氏組合連合会加盟の杜氏は現在、約4分の1の768人(10年度現在)にまで落ち込み、平均年齢は70歳代まで上がっている。
〔播磨・姫路版〕

6月16日朝刊

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